児童精神科医高岡健の映画評論

児童精神科医の高岡健さんが、子どもや家族を描いた映画について、語ります。

2016年の話題作「シン・ゴジラ」「君の名は。」

Vol.27 更新:2016年12月21日

▼2016年の終わりに、この年の話題作を2つ、とりあげておく。1つは、いうまでもなく「シン・ゴジラ」(庵野秀明総監督)ということになろう。防衛大臣経験のある保守政治家から、リベラリストの社会評論家まで、評価がかまびすしかったから、すでに誰かが同じようなことを指摘しているかもしれないが、この映画のヒーローは、意外にも里見という名前の農林水産大臣(平泉成)だったと思う。

▼日本の歴代農水大臣は、かつての赤城絆創膏大臣をはじめ、ろくな者がいない。それでも大臣の肩書がほしくて就任した人は、三流のスキャンダルや失言により、次々と辞任していくのが現実だ。一方、この映画における里見は、多くの閣僚が死亡し首相のなり手がいない中、年功序列というだけで、総理大臣臨時代理を押しつけられたことになっている。だから、彼は、「もっといいことで歴史に名前を残したかった」とぼやく。しかし、里見は、血液凝固剤による「ヤシオリ作戦」を貫徹するために、すでに秒読みが開始されていた多国籍軍による熱核攻撃をストップさせるべく、したたかにフランス政府と交渉する。そして、里見は日本を守った後、いさぎよく首相を辞める――。

▼だから、若手官僚の誰もが、無能と思っていた里見を、掛け値なしに称えざるを得ない気持ちになる。官邸劇としての性質も持つこの映画の隠れた主張は、しょせん賢い官僚による日本政府の外交など、成功したためしがないという事実を背景に、ただ齢を重ねただけのようにみえる政治家でも、ほんとうに無私ならば官僚よりも民衆のために役立つという皮肉が、大真面目に描かれているところにある。伊福部昭へのリスペクトに満ちた音楽とともに、ゴジラシリーズに流れる捻った社会批判が、受け継がれているということだ。

▼話題作のもう一つは、やはり「君の名は。」(新海誠監督)だろう。この映画の特徴をあげるなら、光と鉄道と人生の交叉の3つに集約されると思う。糸守湖にさす光、糸守町と東京を結ぶ鉄道と駅、そして男女高校生の交叉だ。この3つ組の原型は、すでに同じ監督による「秒速5センチメートル」(2007年)に登場する。「秒速…」でも自然光は大きな効果を発揮しているし、鉄道は豪徳寺から新宿、大宮を経て、彼女の転校先の両毛線へと向かう。そして、人生の交叉は、おそらく小田急線のどこかとおぼしき踏切ですれちがう女性が、成人した思い出の彼女を彷彿させる姿として、描かれている。

▼3つ組の構造が反復されているところに、「君の名は。」が観客を引き寄せる理由があるのだろう。それにしても、映画の劈頭に描かれた、糸守町にはスナックが2軒だけあって、そのうちの1つの店名が(私の見間違いでなければ)「割愛」となっていたシーンには、思わず笑ってしまった。ちなみに、モデルになった飛騨市には、2軒どころではない数のスナックが、営業しているはずだ。ついでに記しておけば、聖地として有名になった飛騨古川駅の風景の左手には、私が年に数回、巡回診療に訪れる建物がある。