子ども・若者支援に思うことコラム

『今、子どもの生存権を保障する施策は緊急課題』
10代の間に特定の誰かと出会い、心の回復を獲得しておくには

更新:2025年6月11日 寺出壽美子

 一昨年実施した「子育て世帯訪問支援事業」の全国調査から子どもの生存が危ないと、訴え続けてきました。さらに今春、立て続けに起きた事件から、子どもの生存だけでなく大人の生存も危ないと訴えたいと思っています。  今年の4・5月には、虐待を受けたので性格が歪んだと、高1女子を殺害する事件(25歳男性)。全てが嫌になったと、小学生を車で轢く事件(28歳男性)。教育虐待を受けると犯罪者になると、地下鉄東大前で学生を刺す事件(43歳)。祖父母と父母の絶えない口論から、祖父母を殺害する事件(高2男子)。家庭から少年院に逃れたいと高齢女性を殺害する事件(中3男子)。と、大人も子どもも追い詰められた結果、他害行動が頻発しています。  ’23年の全国調査では小中学生の鬱状態が増加して、調査のたった1週間だけで、20%近くの5・6年生が自傷行為や死にたいと思ったと回答しています。今までは不登校や暴力行為と言えば中学生でしたが、今や小学生においても不登校や暴力行為が増加しています。  アメリカの’23年の1年間の調査では、「持続的な悲しみや絶望感」を経験した女子高生が53%にも上っています。東京の中学生の調査では、中学2年女子に特に抑うつ状態の悪化が顕著に見られたとのこと、日本の女子大学生3千人の調査でも、「身体についてのからかい」等を含む性暴力が被害者の心の健康を明らかに悪化させているとの報告があり、若い女性のメンタルヘルスの深刻化が世界的に懸念されています。 さらに問題なのは、子どもが自傷行為をしていることや死にたいと思っている気持ちを多くの親が気づいていないことです。親自身が様々な事情を抱えていて、日々諸々の対処に追われているために、子どもの気持ちを推し測る余裕がないからだと思えます。  SOSを発せないでいる子どもたちは不安と孤独の状態のまま放置されており、昨年の小中高生の自殺者数は過去最高の529人にまで達しました。様々な事情を抱えて生きていくのに精一杯の親が増加している以上、不安と孤独の状態に放置されたままの子どもたちも必然的に増加すると思われ、家庭訪問支援員のような親とは別の誰かが親身に関わってくれなければ、自死や無差別他害行動に走る子どもの増加は避けられないのではないでしょうか。子どもは受けとめてくれる大人に寄り添って貰わなければ、生きていけないからです。  ひとりぼっちの状態の子どもには居場所だけあっても回復はしません。子どもの気持ちに寄り添う関わり、即ち、子どもの想いに無条件に差し出してくれる特定の誰かの受けとめがあって、初めて安心して生きていけるのです。回復には最低でも数年は掛かるでしょう。  児童相談所は、身体的虐待・ネグレクト・性虐待を受けている子どもたちに対しての対応だけで精一杯のために、最も件数の多い心理的虐待を受けた子ども(‘23年度約13万件)に対しては、例えば保健師が母親への指導は実施するものの、多くの子どもは放置されているのが実情です。心理的虐待を受けている小・中学生にまで訪問支援事業を拡げることは、市町村自治体の予算が少ないために現状は殆どできていません。従って、心理的虐待を受けた子どもは愛着障害・自傷行為・攻撃性が増す・将来への希望が持てない・非行・鬱・複雑性PTSD等の諸々の症状が出ていますが、親に隠れて自傷行為をするとか、周りの子どもに暴力を振るうとかでしか、寂しさを紛らわせないでいます。10代の間に心の回復を実現しておかなければ、トー横キッズは深夜徘徊・家出からさらにオーバードーズ・薬物・ギャンブル等の依存へと深みにはまって行ってしまいます。  多くの自治体では、不安定な母親が増加して育児・家事のこなせない部分を支援員が訪問してカバーしていますが、育児・家事さえ手伝えばよいと、心理的虐待を受けた当の子どもの心の状態を回復するという本来の目的の部分が全く抜け落ちています。事業としては子育て世帯訪問支援事業ですが、’23年度の全国調査の時でも、全国の22%の自治体ではこの事業そのものが全く実施されていませんでした。小さな自治体は予算が元々少ないわけで、子どもは豊富な予算のある所を選んで生まれてくるわけではないので、国と都道府県自治体が予算の少ない自治体に対しては本気で不足の部分をカバーするつもりがなければ、放置された状態の子どもは今後も増えていくでしょう。  また、既に子ども時代に不適切な養育を受けたまま誰からも受けとめられずに成人した人は、親から得られなかった愛情の代償として、モノ・ヒトに依存してしか生きていくことができず、さらに追い詰められると、例えば秋葉原無差別殺傷事件や京都アニメーション放火殺人事件のように無差別殺害欲求が高まっていくので、何としても子ども時代の間に、心の回復を特定の誰かとの出会いによって進めて行かなければ、一生を不幸な人生のまま歩むことになってしまいます。さらに事件を起こしてしまえば、結果、被害者が生まれてしまい、その上、裁判・拘置所・刑務所等の更生にかかる費用も莫大となり、そして依存症の毎日を送ることになれば、生活保護費等の予算も国が出費することになります。国・都道府県自治体は少子化対策だけでなく今、生きていたいとは思えない苦しさを抱えた子どもの心の回復の事業に多くの予算を計上して、10代の小中高生の間に真剣に子どもの心の回復に注力してほしいと願っています。  今日、子ども・若者の自殺者数も無差別殺傷事件数も徐々に増加し始めています。経済的には曲がりなりにもG7の国であり戦火の中にいないにもかかわらず、子どもの生存が危ないと叫ばなければならない状況、即ち子どもの権利条約の原点である子どもの生存権の保障の施策は緊急課題であると訴えなければならない事態にまできていることに、何より憂えています。ユニセフでは子どもの幸福度調査を時々実施していますが、日本の子どもは身体の幸福度は毎回1位ですが、精神の幸福度は毎回最下位から2番目、4番目と低空飛行です。日本はG7の国の中で、最も子どもの心の幸福度が低迷しているという現状に真正面から向き合って、心の幸福度を上げていく取組みを国と全ての自治体が一刻も早く開始しなければ、不安と孤独の状態にいる子ども・若者はさらに増加していくと危惧しています。