子ども・若者支援に思うことコラム

「子ども庁」の構想
〜理念を問い直す作業を〜

更新:2021年9月5日 寺出壽美子

 選挙目当てで子ども庁の創設を打ち出して来たのは菅政権ですが、もし真摯に子ども庁の創設を構想するのであれば、既存の部分の練り直しや擦り合わせだけでお茶を濁さずに、土台の部分の理念から構想し直してほしいと願っています。
 先ずは子ども・若者の現状についてです。コロナの影響で子ども・若者の自殺の増加がニュースになっていますが、実はその根っこは既に協会立ち上げの2000年前後から生き難さ・空虚感・無力感を抱え、生まれて来なければよかったと感じながら日々を何とかやり過ごしている子ども・若者が激増していました。G7 主要7か国の中で若者の死因の1位が自殺である国は日本だけであるという現実は今に始まったことではありません。子どもの幸福度の調査では、日本は先進国の中で最低レヴェルに位置しています。
 2020年度の児童虐待件数は20万5千件と過去最多で、中でも心理的虐待が12万1千件(59.2%)と最も多く深刻な状態です。心理的虐待を受けた子どもの回復には、家庭訪問支援者による関わりを通して子どもの内部に安心できる温もりを保障してあげることです。支援者の関りで子どもは初めて精神的に安定しますので、未だ不十分な自治体の養育支援訪問事業の家事・育児支援が全国的に展開されることを望んでいます。
 また今日、小学校から高校だけで不登校生が年間23万人もいるという異常さです。けれども、今までは学校に行くことが出来ないのは不登校生自身に問題があると考え、早く学校に戻すことが文科省の方針でした。明治に発足した学制以来、教育は資本主義を担う従順な働き手の養成が目的でした。150年経過した今日も競争社会で勝ち抜く経済的に役立つ人間育成が目標です。一人ひとりの個性を尊重しない学校教育に、子どもたちの方からNOを突き付けているのだと思います。
 大人世界でもいじめは横行していますが、こどものいじめの認知件数は年間61万件です。日本の子どもは親の顔・先生の顔・友だちの顔を敏感に察知して親の前・先生の前では「いい子」を演じています。自己肯定感も自信も持てず家族への信頼度も低い子どもたちが苦しさのはけ口をいじめという行為で表出しているのだとしたら、それも大人の所為と言えるのではないでしょうか。大人も子どもも生きにくい世の中を生きているのに、社会で生き抜くためには仕方のないことと叱咤激励しか大人はして来ませんでした。
 今年の5月、18・19歳の少年を特定少年とする厳罰化の法案が参議院を通過しました。少年事件の現場で関わっている元家裁調査官や裁判官・元少年院院長等、現場で立ち直りに関わって来た方々の反対の声には耳を傾けず、少年事件が生み出される背景 【@児童虐待の被害者が7割 A経済的貧困の母子家庭が多い B学歴は大学進学が53%の現在、中卒・高校中退が多い C精神的な成熟は25歳迄かかることが最近の研究で判明しているのに10代の少年に厳罰化 D少年事件は激減している】が明らかになっていますが、少年事件が起きるのは少年自身に問題があるからだと多くの大人は誤った理解を持ち続けています。
 戦争・内乱状態が続いている国々と比較して、日本の子どもたちは恵まれているとしか理解できていないとしたら、生まれて来なければよかったと日々辛うじて生きながらえている子ども・若者の声が大人に届くことすら不可能です。こども庁の創設にあたって、その原型を構想するためには理念・哲学から問い直して行く姿勢が問われていると思っています。

 私はこども庁立ち上げの委員会委員として以下の方々を推薦したいと思っています。
◆山極寿一さん(ゴリラ研究の第一人者・京都大学前総長)
◎幼少期には、体で自然や動物、他者を理解する体験で培う共感力を育む?思春期には、親以外の同性の先輩が自身の経験を通じて支える?教育は子どもの個性を尊重することが最も大事(『ゴリラからの警告「人間社会、ここがおかしい」』)
◆鷲田清一さん(哲学者・大阪大学元総長)
◎現代人の「いのち」の根っこの弱さ、寂しさ、壊れやすさの理由を都市生活から解き明かす(『死なないでいる理由』)(『折々のことば』)
◆芹沢俊介さん(犯罪・教育・家族問題等の評論)
◎受けとめ手(母親)による無条件の受けとめられ体験によって子どもは生きていくことが出来る?受けとめられなければ子どもは絶滅の脅威に晒される(『家族という意志』)
◆五味太郎さん(絵本作家 『きんぎょが にげた』他多数)
◎自分で考える頭と、敏感で時折きちんとサボれる体が必要だと思う。(『じょうぶな頭とかしこい体になるために』)
◆谷川俊太郎さん(詩人 絵本作家 『二十億光年の孤独』他多数)
◎ぬかるみや草原に足や手で触れること、すなわち世界に自分の肉体で触れることが喜びを目覚めさせ解放する。そのとき心と体を通して、しっかりと世界に結びつく、そこに生きることのもっとも根元的なかたちがある。(『理由なき喜び』)

上に挙げた5人の方々は、それぞれの立場から子どもが生きていくことについて深く掘り下げています。芹沢俊介さんは、生まれて来た赤ちゃんは誰かに受けとめられなければ生きていく根源的な存在感覚(安心感・安定感)を子どもの内部に根付かせることは出来ない。その受けとめ手がいるかいないかが子どものその後の人生を決定づけると言っています。受けとめられなかった子ども・若者は孤立無援感・絶望感を抱えてしか生きていけないとしたら、子どもは社会の中で誰かが受けとめて育んで行かなければと思います。ヘヤーインディアンは血縁関係がなくても頼まれれば幼児を育て、思春期の子どもが望めば別の家族の中で生活出来るおおらかさを持っていると以前、読んだことがあります。
 児童虐待・DV・不登校ひきこもり・いじめ・少年事件・ヤングケアラー等と問題として見えてくる背景に、実は深刻な経済的格差の急激な拡大を見逃してはならないと考えます。どうか、こども庁は深く掘り下げて考えた上で、組織として立ち上げていってほしいと心底から願っています。