児童精神科医高岡健の映画評論

児童精神科医の高岡健さんが、子どもや家族を描いた映画について、語ります。

とにかく人間として面白い:「NO選挙,NOLIFE」

Vol.91 更新:2024年2月18日

▼「立候補」という2013年の映画があった。2011年の大阪府知事選挙に立候補した、いわゆる泡沫候補、とりわけスマイル党を名のるマック赤坂を追いかけたドキュメンタリーだ。この映画の終盤近くにあった2012年衆議院選挙のシーンは、私の記憶に鮮明に残っている。安倍晋三らの街頭演説にマック赤坂が「乱入」して安倍支持者らから「帰れ」と野次られたとき、それまでは彼の立候補を冷めた眼で見ていただけだったマックの息子の健太郎が現れ、「一人で闘っとるんや、お前らにできるか、それが!」と怒鳴り返したのだ。

▼それから何年かが経って上梓された、フリーランスライターの畠山理仁による書籍『黙殺』も、そのシーンについて言及している。いわゆる泡沫候補を無頼系独立候補と呼ぶ畠山は、また、彼らを取材した同書の中で、「多数派対少数派。はたして自分はどちら側にいるのか。映画『立候補』は、観る者にそんな問いを投げかけていた。」とも記している。

▼前置きが長くなったが、「立候補」からおよそ10年後に上映された「NO選挙,NOLIFE」(前田亜紀監督)は、畠山を追ったドキュメンタリーだ。2022年の参議院選挙。マック赤坂の姿は見えず、スマイル党からは込山ひろしが立候補している。平和党、共和党、子どもの党、沖縄の米軍基地を東京へ引き取る党といった、いわゆる諸派の候補者たちがいる。バレエ大好き党の猪野恵司は、NHK党の公認という形になっている。(全体で得票率2%以上を達成するための諸派党構想という、立花孝志によるけっこう高度な戦術だ。)

▼しかし、もっとも印象に残るのは、大きな声では言えないが自分には超能力があると語る、無所属の中川智晴だろう。「多額の借金をし、選挙で供託金を没収され、馬鹿にされても選挙に出続ける他の立候補者は自分と似ていて、親近感が湧く」と述べる中川は、当選できなかったらどうするかという質問に対し、「勉強して、バッティングセンター」と答える。小学校の通信簿ではオール3だった自分が、努力により、バッティングセンターで170キロを打てるようになったというのだ。実際に中村はバッティングセンターへ行き、畠山の目の前で170キロの球を打ってみせる。このシーンを作品に入れ込むことで、「NO選挙…」は他の同種映画の水準を一枚だけ超えたと思う。

▼昔の都知事選の秋山祐徳太子のような、芸術家として別格のパフォーマンスを見せていた候補者でなくとも、泡沫候補ないし無頼系独立候補には特異な味がある。だから、私などの野次馬は、彼らの選挙運動を消費して愉しむ。他方、選挙を扱った映画はたくさんあるが、たいていは投票に行こうと説教するだけだから。真面目過ぎて面白くない。この作品も真面目な映画には違いないが、「私自身も候補者一人一人の政策以上に、人間性に強い興味を持っていたことは否定できない。〔略〕とにかく人間として『面白い(interesting)』のだ。」(畠山・前掲書)と心情を吐露したことのあるライターを追いかけたぶんだけ、私のような野次馬にも一定の共感がもたらされるつくりになっている。