児童精神科医高岡健の映画評論

児童精神科医の高岡健さんが、子どもや家族を描いた映画について、語ります。

ありそうな前思春期:「花とアリス殺人事件」

Vol.13 更新:2015年7月22日

▼「花とアリス」が、「花とアリス殺人事件」(岩井俊二監督)という名で、アニメになって帰ってきた。実写版前作での配役と同じく、「花(荒井花)」の声は鈴木杏、「アリス(有栖川徹子)」の声は蒼井優、バレエ講師の声は木村多江・・・。ただし、花とアリスの年齢は、前作の高校生ではなく、遡って中学生時代に設定されている。それに伴い、花のひきこもりの状況が少しだけ描かれ、また、アリスの離別した父の姓が「黒柳」であって、アリスも直前までこの姓を名乗っていた等々の、エピソードも描かれている。

▼それにしても、続編を、実写ではなくアニメにした理由は何か。おそらく、もっとも単純な理由は、設定上の花とアリスは若返るのに、役者は誰もが歳を重ねるという、身も蓋もない事実だろう。だが、それが意外な点で効を奏しているようだ。実写版前作と比べて、アニメ版続編における花とアリスの声は、低く明瞭だ。つまり、声も歳を重ねている。ところが、その声は、半ばボーイッシュであるような前思春期の少女と、意外にもよくマッチしているのだ。

▼その声に支えられて、アニメ版続編は、「殺人事件」という荒唐無稽な主題を、うまく前思春期の心理に着地させ描くことに、成功している。(実写版前作の主題だった記憶喪失は、思春期の心理と関連するから、前思春期である中学生時代と結びつけて描くことは出来なかっただろう。)中学三年生のアリスは、転校先の石ノ森学園(相変わらずマンガ家にちなんだ固有名詞が頻出する)で、「ユダ」が四人のユダに殺されたという噂を耳にする。そして、その噂をめぐり、陸奥睦美(この名前もマンガ家にちなんでいるのだろう)によって引かれる魔方陣や、結界といった言葉までもが登場する。

▼中学生のテリトリーは、広そうにみえても、実際はそれほどでもない。使い慣れない駅は、異界への入口といってもいいくらいだし、その先に佇むアパート群は文字どおりの異界だ。そこに、殺されたはずの「ユダ」(湯田という男子生徒)が生きているという情報が入り、花とアリスは張り込むことにするが、結局ふたりは終電を逃し屋外で一夜を過ごさざるをえなくなる。以上は、どちらかというと、中学生にとっての非日常の世界だ。一方、張り込み中に交わされる、どうでもいいような内容の会話では、「賛同できない」という意味の婉曲表現として、「いやあ、どうだろうか」という返答が繰り返される。このあたりは、中学生にとっての日常の世界だ。

▼いかにもありそうな前思春期の心象風景が、一定の律動を帯びて描かれていることになる。そして、その律動が観客に対し、年齢を問わず共振をもたらす。なお、どこまで一般的な方法なのかは知らないが、この最高水準のアニメ映画には、3DCGを手書きアニメ風に仕上げる「トゥーンシェーディング」、俳優の動きをトレースする「ロトスコープ」などが用いられているという。多分、リアリズムの位相を、あえてずらす方法なのだろう。