児童精神科医高岡健の映画評論

児童精神科医の高岡健さんが、子どもや家族を描いた映画について、語ります。

ケン・ローチ作品とは対極:「オーロラの涙」

Vol.117 更新:2026年5月27日

▼職場の月間最優秀賞の賞品が、チョコレートバー1本だったら呆れるだろう。また、社員のための慰労パーティで労働者に菓子を買わせ、売り上げを環境保護のための寄付に回すと言われたなら憤るに違いない。これは、映画「オーロラの涙」(ローラ・カレイラ監督)で、ポルトガルからの経済移民のオーロラ(ジョアナ・サントス)がピッカーとして働いている物流センターの情景だ。そこで彼女は毎日、バーコードと商品を照合して箱へ移す作業を繰り返している。同僚との接点は短い昼食時間中しかなく、その時間における会話も、せいぜいテレビの連続ドラマについてくらいだ。それに何より昼食を買う金さえもが不足している。オーロラばかりではない。同僚たちは食後にチョコレートを買おうと思っても、わずか50p(ペンス)の小銭を誰かから借りなければならないほどだ――。

▼「わたしは、ダニエル・ブレイク」などのスタッフが携わった映画というだけあって、モチーフにはケン・ローチ作品と明らかに重なるものがある。しかし、ケン・ローチ作品固有のゴツゴツとした質感が少なく、代わりに滑らかさのようなものがところどころに挟みこまれている点が全く異なる。典型的には、オーロラが転職を希望して面接に出かける途中、化粧品売り場の店員から無料のアイシャドーを試さないかとすすめられるシーンがある。店員はオーロラの希望でいったん塗った青のアイシャドーを、彼女が就職面接に行くところだと知ってわざわざ落とし、ナチュラルな色へ塗り替える。このとき店員が「滑らかな肌ですね」と言うのだが、それがあながち御世辞ではないように撮られている。

▼ちなみに、面接する女性管理職は、プレッシャー面接とは正反対で、とても親切だった。しかし、オーロラは休日の過ごし方など定番の質問に対してさえ上手く答えられず、帰りに公園で倒れてしまう。(これが原題の「On Falling」の由来かもしれない。)このとき彼女を見つけた年配の警備員が、自分のコートをかけてくれる。親切な人たちは他にもいる。オーロラが電気代を振り込めず停電に見舞われた時、同じシェアハウスに住みはじめた男性が、立て替えて支払ってくれた。(ついでに言えば、この停電のシーンのみが映画らしい描写で、シャワーを浴びていたオーロラが息を潜めて暗闇の中に自室へと戻る姿と、シェアハウスの他の住民たちの話し声が対比的に描かれていた。)

▼ことほどさように、悪意どころか誰もが親切なのだ。(悪意があるとすれば、せいぜい物流センター見学ツアーの子どもがゴミをオーロラの頭上から捨てるシーンくらいだ。)職制さえもが、システムトラブルのために全員の仕事が止まった時には、労働者と一緒にボール遊びに興じる。だが、あくまでそれらは彼らに可能な少しの親切にとどまる。それでも、オーロラにとって、とりあえずはそれで十分のようにみえる。なぜなのか。一つは経済移民たちが、根拠があるわけでもないのに、上昇の夢を捨てていないからかもしれない。このあたりも、ケン・ローチ作品の無骨な愛情表現とは対極にあるといえる。